少年シニア 55歳から学ぶ理科

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生命は競争を回避する【今西錦司 棲み分け論から】

お元気ですか。少年シニアです。

ダーウィンの「適者生存・自然淘汰による進化論」に異を唱えた日本の生物学者が

います。今西錦司(1902〜1992)です。

今西は生物が分化により進化していったとする根本原理には同意しつつも、個体の突

然変異による適者生存・自然淘汰というプロセスではなく、種社会単位での棲み分け

によるプロセスを経て生命は分化したという説を唱えたのです。

そして、これは競争原理をベースに進化の過程を考えたダーウィンと,共生をベース

にした自分の自然観による違いであると今西は言っています。

 

生物の世界 ほか (中公クラシックス)

生物の世界 ほか (中公クラシックス)

 

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 今西は、生物は自然の力や環境の変化にただ従うだけの受動的な存在ではなく、たえず自然・環境に働きかけ、環境を自らの支配下におこうと努力する主体的な存在であると考えていました。だから突然変異や環境変化といった偶然性に身を委ねるダーウィンの進化論は、しっくりこなかったのだと思います。

今西は、川に棲息する異なる種のカゲロウが競争を避け、棲息エリアを主体的に棲み分けをすることで共生をはかっているという事実を発見し「棲み分け論」を展開。また分化の主体性は、各々の個体ではなく、個体を構成する「種社会」にあると考え、生物は変わるべき時には種社会単位で一斉に変わると唱えました。

しかし今西の説は科学的な意味での裏付けが乏しいとされ、広く受け入られることはありませんでした。学会においてもDNAや遺伝子の解明を主とする分子生物学が全盛で、全体的な観点から自然の摂理を唱える今西は、アウェー状態にあったのです。

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 私自身、ダーウィン説と今西説どちらに理があるかを言える能力はまったくありません。しかし、今西の棲み分け共生説は十分ありえる魅力的な説に思えます。実際、ヒトも含めて生物は、そんなに闘いや競争を好んで行うと思えないからです。むしろ生物は極めて保守的な存在であって、自分の存在がかなり脅かされたり繁殖上の不利がない限り、闘いを回避する存在ではないでしょうか。競争至上主義者は、そんなことはないと言うかもしれませんが・・・

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 そもそもダーウィンの進化論そのものが競争至上主義者にうまく利用されている印象もあります。競争至上主義者は競争が進化をうながしたというわけですが、ダーウィンは、突然変異がたまたま変化した環境に適合した運の良いものが生残るのであって、競争に打ち勝ったものが進化したとは言っていません。それに競争しなくてもやっていけるのに、自ら競争状況を創りだす生物もいないでしょう。今西は、この個体主体のたまたま説を否定し、種社会という個体の上位構造が種の維持・継続への意志をもって、種の生活様式や形態を動かしているのではないかと考えたわけです。

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  また今西は「自然学」なるものを提唱しました。分子生物学も含め、学問対象を細切れにして因果関係を解明しようとする自然科学的な方法論を用いるだけでは、自然界全体の真理に到達することはできないと考えたのです。昆虫学・生態学からスタートして50歳近くにして人類も含めた霊長類を研究対象に変え、さらに70歳にして進化論の研究へと広がっていったのも、こうした考え方によるものでしょう。自然を歴史的な観点でとらえる重要性を説いたのも今西です。

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 自然や生命を学ぶのに、文系・理系もないことを日々実感しています。そして科学的なアプローチをベースに人文的・歴史的なアプローチを加えていった今西の思索・行動の拡張性は自分に勇気と希望を与えてくれます。

生存中は認められなかった「共生による進化」や「自然を歴史として捉える自然学」については、近年再び注目されてきているようです。今西錦司の全集も出版されているので、さらに氏の思考・思想に迫りたいと思っています。