少年シニア 55歳から学ぶ理科

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№103📕ファーブルの植物記が昆虫記を生んだ

 お元気ですか。少年シニアです。

以前も書いたとおり石炭紀(約3.59~2.99億年前)の主役は植物と昆虫。

この2つを子細に観察しその姿を魅力的に紹介してくれたのが、ファーブルです。

「ファーブル昆虫記」を知らぬ人はいないでしょう。でも「植物記」を、その10

年前(44歳)に書きあげていたことを、知っている人はそう多くありません。

私も全く知りませんでした。ファーブルは植物をどうとらえていたのでしょう。

 

ファーブル植物記

ファーブル植物記

 

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 まず、ファーブルが植物をどう評価していたかを示す一文に出会います。ファーブルが指摘するのは、植物の団結力への讃美でした。

 芽たちは、団結の力を知っている。単独では出来ないことも10人寄ればでき、10人で出来ないことも100人なら可能であるという、狭量な人間がともすれば忘れがちな高度な原理を知っているのである。

 人間と比較するところなど、小さいころから大自然の原理・原則を最重視し、それをともすれば軽視しがちな人間への批判が見受けられます。

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 そして、植物の気持ちを汲み取って、あたかも自分が植物の気持ちを代弁するかのような文章があらわれます。ファーブルは大きなクリの木が倒されているところに遭遇しそのクリの木に向かってお悔やみをいいます。すると、クリの木がファーブルに向かって自分の生い立ちを語りだしたました。

 私は今世紀の者です。1800年に生まれました。それを証明する出生証明書の抄本が私の紙入れの中にあります。というわけで今年70歳になります。あなた方にはいい歳ということになるのでしょうが、私たちクリの木にとってはたいしたことではありません。私の一族は長命なのです。(中略)いまいましい斧さえなければ少なくとも2400年まで生きる力を感じていました。

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 この後、いくばくかの人間への恨みつらみの文があり、小石による障壁やカシとの縄張り争い(光と栄養の獲得競争)の説明があった後、いかにバランスよく実をつけ、幹を太くしていくかについての戦略を語りだします。

 実に精力を使うなら、材を節約しなければなりません。私は妥協策をとることにしました。一年実をつけたら三年休んで材を丈夫にすることにしたのです。

ファーブルは、クリの木が厳しい環境の中で、その器官を総動員して、またその時々の重要課題を明らかにしたうえで長期的な視点によって戦略的に生きる姿に、強い敬意を示したのです。(実がなる時は幹は太くならず、幹を太くする時は実はならない)

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 そして、前回でもお話した生きている表皮面と死んでいる幹の中心部の解説を、大変わかりやすく感情をこめた表現で読者に伝えます。 

 中心部は老いて鈍化し活動は昔の夢、老境にあっては何事にも関わりあうことはない。せいぜいその粘着力のある材によって、木全体を強固にしている程度である。

せいぜいとは言っていますが、死んだ中心部が木全体を強固にしているからこそ、表面の若者が思い切って労働できる。ファーブルはこんなことを先刻ご承知のうえ、死んだ幹をツンデレ風に表現して、その重要性を読者にアピールしたのです。

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 私は確信しました。この植物記があったからこそ、名著「昆虫記」が誕生したのだと。生き物すべてを愛するファーブルにとって「植物記」「昆虫記」は彼にとって、いずれもライフワークに欠かせぬ同様の重みがある著書だったと思うのです。