少年シニア 55歳から学ぶ理科

生命のルーツを知ることは自分を知ること。生命の不思議で人生ワクワク致しましょう!

№222📕魚とヒトのつながり

  あけましておめでとうございます。少年シニアです。本年もどうぞよろしくお願いいたします。今年も生命とは何か。人類とは何かを考えていきたいと思います。

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 昨年末、私はヒトと他の生命の違いについて考察しました。しかし、一方我々の身体を眺めると、やはり我々も他の動物との共通したものをかかえていることを認めないわけにはいきません。それが、全く住むエリアも呼吸の仕方も姿形の全く異なる魚であっても、多くの点で共通項があるのです。

 

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私がこれまでの生命の5大事件をあげろといわれたら、独断で次の5点を選択します。

①シアノバクテリアの誕生。これによって大気中の酸素比率が上昇し、生命が誕生する基盤ができた。

単細胞生物の中から、多細胞生物に進化するものがあらわれた。それ以降多彩な生命が誕生する基盤ができた。

③魚の中から肺呼吸をするものがあらわれ、さらに鰭を手足にかえ陸上に上陸した動物があらわれた。これにより一気に動物の棲息空間が拡大した。

④約2億年近く地球を支配していた恐竜が隕石の落下により絶滅した。これにより哺乳類の台頭の舞台が整った。

⑤霊長類の中からヒトという腕力に頼らず知能によって、創造力と想像力を駆使して、様々なテクノロジーを生み出し、地球全体を支配するとんでもない生命が誕生した。

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ただ、⑤は、①~④ということが起きていなければ、実現されなかったことを忘れてはいけません。その中には隕石の衝突という偶然もありますが、私が一番ここで注目したいのは、③の魚から陸へ上陸したパイオニアの存在です。

本書の著者は、そのパイオニア「ディクターリク」の化石の発見者です。彼は、魚類と両生類をつなぐ生物として鰭の骨格に注目しました。四肢をもつすべての動物は、その四肢が翼であろうと鰭であろうと手であろうと、共通のデザインをもっています。一個の骨(腕の場合は上腕骨 脚の場合は大腿骨)が、二個の骨と関節でつながり、その先に小さな骨の塊があり、指の骨につながっています。各々の四肢動物の形の違いは、骨の形の大きさと手首くるぶし及び指をつくっている骨の数の違いによるもので、基本構造は同じなのです。

そしてディクターリクの鰭の内部にその基本構造をもっていたのです。そして驚くべきはこれにより鰭を手首として使い地面に平につけて這うことができたのです。なぜそのような進化が起きたのか。本書の著者は、水中での激しい生存競争が謀らずも、陸上に活路を見出すしか選択がなかったのではないかと指摘しています。つまり、ディクターリクはファーストペンギンのような勇敢な存在ではなく、水中で生き延びることができなかった弱者だったのです。しかし、その弱者がその後の陸上動物の進化の道を開き、最終的に人類を生み出したのは皮肉というしかありません。

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もしかすると我々人類も木の上で他の猿に勝てず生き延びることができず木から降りざるをえなくなり、またアフリカを脱出した一部のホモサピエンスもアフリカで生き延びることができなくなったため、仕方なくアフリカを脱出して全地球に拡散していった弱者だったかもしれません。もしそうだとすれば、一見弱者である存在が新たな世界をきりひらくと言えるのではないでしょうか。

我々は、そういう意味で、同じ生命として水中で生き延びることができなかったディクターリクに、同胞意識をもつとともに深い感謝の念をもたなければならないのかもしれません。

 

 

№221📕なぜヒトだけが音楽を愛でるのか

お元気ですか。少年シニアです。前回、他の生命と一線を画すヒト特有の行動様式として遺伝子の自己複製の他に、コミュニケーションがもたらす快感の複製と拡散についてふれました。今回のお話しも前回の流れにそったものと考えています。

 

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 ウォ―クマンが世に登場したとき、猿がウォ―クマンで音楽を聴いて至福の時間を味わうかのような表情をするというCMが注目されました。しかし、実際は猿が音楽に何ら反応することはなく、他の霊長類も同様のようです。

つまり、ヒトだけが音楽を愛するのです。そしてそれは前回紹介した快感進化論にそって考えれば、音楽は、群れの各人の絆を強め、各個人に対しても快感を提供しているということになります。

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 確かに一次会で盛り上がると多くの人々は、さらに仲間との絆を深め、音から得られる快感を求めて二次会としてカラオケに行きます。音楽は人に快感を与えるのみならず時に人を勇気づけたり心を癒したりします。音楽は祭りや宗教活動といった人と人の絆を深めるものに欠かせないツールとして活用され、我々の思考に大きな影響を与えているのは、まちがいありません。

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どうしてヒトだけが、音楽を愛でるのでしょうか。それは、私はヒトが群れをベースに生きる動物がゆえに孤独を恐れるところからきているのではないかと推測します。もちろん読書のような文字や会話をベースにしたものも、孤独を癒します。しかし、それではおさまらない欲求がヒトに音楽をつくらせたのです。会話や詩に調べをのせて表現することで、より自分は一人ではないと感じることができるのです。そして、遂にはクラシックのような声のない、音だけで創造された文化も並行して創られるようになったのです。

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 孤独を癒すのは、同じヒトとの繋がりだけではありません。自分が自然や神などヒトを超えたものとつながることで孤独から逃れることができる、そうしたことが声のない音楽をも生んだのではないでしょうか。時には同じ群れの仲間とのつながりを強め、ときには自然や神といった自己や群れを超越したものとのつながりを強める、そうした効用をヒトは認めるからこそ音楽を愛するのではないかとい思います。

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 逆に言えばヒトと違う生命体には「孤独」という概念はなく、群れの形成についてもその方が生命を守ることができるという合理的な理由でおこなわれているのだと思います。だからあれだけ世話をしていた母親が、ある瞬間から子を自分のテリトリーから追放することができる。それはその方がお互いの生の維持に有利だからでしょう。その点ヒトは、子離れ親離れがなかなかできません。そこに孤独という状況が発生するからです。ですからこの世の中で一番非合理な生物はヒトといえると思います。

そうでなければ、双方が痛手を負う戦争を繰り返すようなことはしなかったと思います。ヒトは感情の過剰さによって、芸術も産み自分と無関係のヒトを助けるとともに、犯罪や戦争などで自分と無関係のヒトや他の生物に害を及ぼし殺戮してきたのです。

ヒトの存在は、もろ刃のやいばであることを感じざるをえません。

 

今年の本ブログは今回で終了、また来年よろしくお願いします。皆さま、よいお年をお迎えください。

 

 

№220📕ヒトがヒトたるものとは何か

 お元気ですか、少年シニアです。今回のテーマは今私が一番模索しているものです。それは、ヒトが他の動物と異なっているところは何かということで、それがどういうところから発生し、そのことが地球の未来にどういう影響を与えるかということです。本書はその入口として読みましたが、「快感」という言葉でその疑問に答えています。

快感進化論―ヒトは音場で進化する

快感進化論―ヒトは音場で進化する

 

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 ヒトは国家を形成し政治や文化活動を行います。また国境を越えて共同体(宗教組織や会社など)をもちます。そして国家をはじめとする共同体のためには自らの生命を犠牲にすることもあります。これは蟻のように本能に基づくものではなく、ときには共同体の強い要請でなくとも要請に応じて、また自らの意思で犠牲になる場合もあります。

また個人レベルでも一定の倫理規範をもち、ときには、家族を救う場合に限らず、強い倫理観からこれまで会ったこともない者を救うために生命を失うリスクを冒すこともあるし、自らの嗜好のために生命を失うリスクを冒す(冒険家等)こともあります。

こんな行為は、他の生命にはないことです。

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 生物学者のリチャードドーキンスは、人の肉体は遺伝子の単なる乗り物であって、自らの遺伝子を引き継いでいくことが生命体の願いだと主張しました。遺伝子の自己複製こそが、生命の目的であるとしたのです。

確かに他の動物はそのために仲間と戦い生殖行為の機会を待ちます。戦いに負けた者もそう簡単には引き下がらず、様々な方法で再び生殖の機会を待ちます。また戦いだけでなく、鮭の雄などは川の流れに逆って泳いでまで、上流にいる雌のもとを目指します。

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 そうした生命に較べると、ヒトはそこまで自分の遺伝子の自己複製の継続に対する執念はないと思います。もちろん自分の血をひく子は欲しいけれど自分の遺伝子を世に残そうとして様々な行動をとっているわけではないように見えます。中には将来1人で生きて家族をもたないという人もいるし、好きな人がいても結婚しない、子をあえて生まないという人もいます。また、好きな異性を巡ってライバルと命を懸けて決闘する人もほとんどいません。これは、どうしてなんでしょうか。

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 それは、ヒトが自己の遺伝子を複製することだけを価値と考えず、それとはまた違ったものを複製することにも価値をおいているということに他なりません。それを本書の著者は「快感進化論」と記しています(実際その名称をつけたのは栗本慎一郎)。

自己の行動で得られた快感意識を脳に複製し、それを他の人と共有し、それを後世に引き継いでいく。それを価値とすることがヒトならではの特長だと著者はいうのです。そのため、ヒトは群れを作り、その群れの中での力を強めることに快感を感じるのだと。

そのために仲間内でどれだけよいコミュニケ―ションができるのかを優先し、そうしたヒトが皆から認められる。認められた者はそれによって快感を得、選んだ方も自分が評価したものがリーダーになることで快感を得る。群れの文化や宗教はそうして長きにわたり継続され、群れを構成するヒトによって引き継がれていくというのです。だからヒトに一番大切な力は高いコミュニケーション能力であって、他の動物のような腕力ではないということになります。仲間に快感を与える声質や話し方はとても重要な要素になります。

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 ヒト以外も声を発しますが、それは快感を与えるためではなく仲間に敵の襲来を知らせたり喧嘩をするときなどに発し、ヒトの祭りのように快感を共有する場で声を発することはありません。ヒトが音楽やおしゃべりが好きで、その輪をさらに広げようとするのは、そのことで自らの快感を複製し他の者たちとそれを共有したいからです。

ヒトには遺伝子を引き継ぐという生命共通の価値以外に、そのような快感を増幅させたいという他の生命体にはない価値も重視しているので、遺伝子の複製・引継ぎにそこまで価値をおかないと考えられます。

私自身三人の子持ちではありますが、自分の遺伝子を残したいと思って結婚し子供を産む生き方を選択したわけではありません。子供がいた方がにぎやかで楽しいだろうという、どちらかといえば快感を重視して選択したように思います。

 

 この快感進化論は、かなり意見の分かれる仮説ではあるでしょうが、私自身はこの説には、なかなかの説得力があると思って読了しました。

№219📕人類は今後どう進化していくのか

お元気ですか。少年シニアです。「基本的な人類の進化はもう数百万年に終わった」と考える学者と「いまだに人類は進化している」と考えている学者がいることを、前回お伝えしました。

皆さんはどう思いますか、私は「人類はいまだに進化している」派です。

 

ヒトは今も進化している 最新生物学でたどる「人間の一生」

ヒトは今も進化している 最新生物学でたどる「人間の一生」

 

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 私がそう思うのは、この20~30年前から進行しているIT技術からAI技術の進歩にいたる流れです。もうITという言葉も死語になりつつあり、今はAIという言葉が世の中に蔓延しています。AIの凄さを私がひしひしと感じたのは、コンピュータが人間に勝つのは不可能と言われた複雑な将棋で、AIが人間の名人に勝ったことです。そして一度、AIが人類を追い越せば二度と人類が抜き返すのは難しいだろうと言われています。

AIの勝利はプロ棋士の練習方法を大きく変えました。AIならこの時どんな手を指すのだろうかということを確認するようになったのです。そしておそらくAIの進歩は人類の脳の進化に大きな変化をもたらすことでしょう。前頭葉部分が大きくなっているのが霊長類、とりわけ人類と他の動物とを区別する器官ですが、AIの進歩が、この前頭葉をどう進化させるのかが、人類の運命に大きな影響を与えるでしょう。

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 AIにたよって人類は退化していくことも考えられますし、AIの活用を考えることでより創造力を強めていくことも考えらえます、また、IT社会の到来が、ITに強い、またその効用を理解できた人間と弱い人間に大きな経済的な力の格差をもたらしたように、AIに関しても同様に、それを巧みに活用するひとは、優位な立場にたてるでしょう。ダーウィンの唱えた「自然選択」がおきていているのです。

IT社会にもAI社会にもついていけていない、また幾分懐疑的な私などは、今後も人よりも大きな不利益をうけながらいきていくのでしょう。まあ、それでもリターンが大きいことは原則リスクも大きいので、そのことによって被害をうけずにすんでいるということもあるのかもしれません。

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きたるべきAI社会は、IT社会よりも格段に大きな影響を人類に与えるということは私にも理解できます。AIで車が完全自動運転化されれば、今問題になっている「あおり運転」をしようにもAIが適正な車間距離をとるでしょうから自動的に解決するでしょうし、年齢にかかわらず車を使うので高齢化による自動車事故や、不注意による自己もなくなるでしょう。これはすばらしいことです。

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ある番組ではAIが小説など芸術分野にも進出するだろうと言っていましたが、おそらくそれは可能でしょう。ただ正直、それによって人が感動するという芸術の最大の恩恵を受けることはできないでしょう。例えば将棋においても前述したように、コンピュータは最強の将棋棋士よりも強くはなりましたが、そこに人間と人間が対峙するドラマは生まれませんから、面白くありません。天才同士が戦っても人間ですからミスをします。そのミスが勝敗を左右するのですが、それがあるからゲームやスポーツは楽しいのです。また未熟な人間が高度な芸術作品を創作するから感動するのです。したがってAIはいかに人類の未熟さが悲劇をもたらすものにうまく活用するべきでしょう。

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いずれにしてもホモサピエンスから次なる人種は必ずいつか現れます。「ホモサピエンス史」で名を轟かせたユヴァル・ノア・ハラリ氏はそれを「ホモ・デウス」と名付けましたが、大変な時代が到来したものです。その進化が自然の逆鱗にふれずに調和することを願ってやみません。

№2⒙📕人類の進化は停滞しているか加速しているか

お元気ですか。少年シニアです。約1億年前は、現生人類にとって大きな分岐点になった時代だと言われています。アフリカを出て世界へ拡散し終わったのが、約1億2千万年前、南極や太平洋の孤島以外は、ほぼ人類が住みつくようになって、独自のものづくりや文化をつくっていきました。その独自性で一番ポイントになったのは、その生活拠点の地形や風土でした。それによって、大きく発展していった人類たちもいたし、そうでない人類たちもいて、差がつくようになり現在に到っています。そのため現生人類の進化のプロセスも変わっていかざるをえなかったのです。今回は、そんな進化の違いに焦点を当ててみたいと思います。

 

一万年の進化爆発 文明が進化を加速した

一万年の進化爆発 文明が進化を加速した

 

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 1万年前、ポイントになったには何といっても農耕でした。農耕をしていたかしていなかったで進化の状況に差異が生まれたのです。

まず農耕がもたらした最大の恩恵は人口の増加でしょう。人口が増加すれば、有益な進化の可能性の大きく広がります。進化を促進する突然変異の可能性も高くなるからです。初期の農民は狩猟採集民よりも平均身長は約12センチ以上低かったと言われれいます。米や麦を食べる比率が高まり肉や魚などの動物性タンパク質をとる率が小さくなったからです。農耕は食料の安定的な確保という意味では、人類に多大な恩恵をもたらしましたが、個々の力を弱めてしまったのです。そのため多くの人たちが病にかかっていったと言われています。例えばアメリカ大陸ではトウモロコシの摂取によって虫歯が増え、鉄分の欠乏による貧血が増えました。また集団生活による感染リスクも高まりました。

しかし、徐々に長い時間をかけてこうした貧血に対応する遺伝子をもつ者があらわれ、その人たちの数が増え、貧血しない人類に進化していきました。課題は進化を促進させるのです。

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 またこうしたタンパク質不足を解消するために、違う形で解決した人類もいます。家畜の推進です。牛から乳糖を安定的に摂取することができるようになりました。約8000年前、ヨーロッパのある地域でおこなった家畜化は一気にヨーロッパ全土に拡大し、ヨーロッパに住む人々の進化に影響を与えました。

そしてよく言われるのが紫外線を受ける量とビタミンⅮの関係です。ビタミンⅮは紫外線を浴びることで作られるため、太陽光の弱い区域にすむ極寒地域の人々は、ビタミンⅮ不足による骨の異常(くる病など)が発生します。そのためこれらの地域に住む人々はより太陽光を浴びやすい白い肌をもつ者が有利となり、最終的に白い肌の人々が多数を占めるように進化していきました。逆に高い紫外線をあびる熱帯地方に住むものはメラニン色素をもち、紫外線を吸収しづらくしていきました。

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 著名な生物学者であるグドールは「この4~5万年のあいだに、人類には生物的変化は全く見られなかった。私たちが文化や文明と呼んでいるものはすべて、同じ肉体と頭脳の上に築かれたものである」と公言している。本著者はこの考えと全く逆で、人類の生物的側面での進化はむしろますます加速しているといっています。

以前「新人類」などの造語がはやったことがありましたが、精神的や考え方など心のうちのみならず生物学的な差異は加速して、そのうち種もわかれて、同じ人類でも交配しても子ができないぐらいの差異にまで発展していくのでしょうか。

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 人類の将来はどうなるのでしょうか。動物でも住む地域や環境によって様々な種に枝分かれしたものもあるし、そうでないものもいます。はたして我々はどちらの方向に進んでいくのでしょうか。興味はつきません。

№217📕縄文人はどこへむかったか

 お元気ですか。少年シニアです。朝鮮半島から水田稲作をもたらし、青銅器・鉄器をもたらした弥生人の勢力が拡大し、縄文人弥生人は共存はしていたものの、次第に弥生人の数は激増し狩猟採集生活をベースとする縄文人は、数を激変させました。農耕は安定した食糧を提供し人口を激増させます。一方縄文人は、アイヌ人などのように日本の端にすまいをおわれていくことになります。さてその後の縄文人の未来はどうなったのでししょうか。数が激変することで絶滅の方向にむかったのでしょうか。 

 

ここまでわかってきた 日本人の起源

ここまでわかってきた 日本人の起源

 

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 一部の縄文人は、東南アジアから島々を伝って船を使って日本に入ってきたという経験があります。縄文人の先祖は優秀な海洋マンであり、弥生人の渡来で住みにくくなった縄文人が海洋渡航技術を駆使して日本をとびだしていったという仮説があります。今回は縄文人のその後についてまとめてみました、

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 仮説の中に縄文人は再び船で海をでてポリネシアの各諸島に拡散していったというものがあります。ポリネシアに活路を見出したポリネシア人の祖先と言われる人類にラピタ人がいます。ポリネシア人は骨の形状や土器などを使用をしていたなど中国南部でモンゴロイドとの共通点が多いといいます。。このラピタ人のルーツに縄文人が関与している可能性があるというのです。DNA的には中国南部や台湾人とくらべると関連はうすいけれど、縄文人が日本を離れ台湾やフィリピン人と交流して混血を重ね後のラピタ人につながった可能性はあるというのです。

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 現代のポリネシア人(トンガやフィジーなど)は、外見上は、日本人と大きくかけはなれています。肌の色は濃く髪の毛もちりちりで、アジアというようアフリカに近い外見に近い。そうしたことから、彼ら自身自分たちの先祖はアフリカから来たと考える人が多いそうです。ただし、この仮説は人類学やDNAの研究で完全に否定されています。

ラピタ人のルーツに縄文人が関与している可能性として、ラピタ人も特徴的な土器文化をもっていたことがあげられます。台湾人や中国南部も土器文化をもっていましたが、ラピタ人と縄文人のような文化そのものを基底するまでの共通点はありませんでした。

いずれにしても縄文人弥生人によって殺されたり争ったりした形跡は見当たらないので、日本を脱出して南方にむけて進んでいったことは間違いないでしょう。それから次なる転地で先住民から殺されたのか、先住民と交わりその血をつないでいったのか。わたしは弥生人とある程度共存できた縄文人なら先住民ともうまくおりあって、その血をつないでいったのではないかと想像します。

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 一方北に眼をむければ、行き場を失った縄文人樺太経由でシベリアに戻り、その後ベーリング海峡を渡って北米大陸にいったという説もあります。そういえば大半が縄文人の血を引くアイヌ人とアラスカに今も住む人々は外見的にも似たところがあります。この話については、それだけでまとまった本があるので、そこで紹介する機会をもちたいと思います。

 

№216📕縄文人と共生した弥生人

お元気ですか。少年シニアです。顔がひょろ長く鼻がひくいのっぺり顔。それが弥生人の特徴であり、まさに私自身がそんな顔をしています。弥生人の最も古い時期の骨は、福岡、佐賀両県から山口県 山陰地方にかけて出土しています。平均身長は、男が163㌢、女は151㌢と縄文人よりも約7~8㌢ほど高い一方、同じ九州北部でも長崎県熊本県海浜や離島部ではのっぺり高身長の弥生人とは全く異なるタイプの人骨が見つかっています。身長も山口・北九州北部タイプの弥生人より幾分低く、縄文人との特徴にも似た部分があり、縄文時代からこれらの地にいた集団の子孫と考えられています。つまり弥生人縄文人同様、1種類だけでなく複数の弥生人が存在していたのです。

 

ここまでわかってきた 日本人の起源

ここまでわかってきた 日本人の起源

 

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 弥生時代は、大陸からの水田稲作農耕の伝来で幕があきました。国内で最も古い時期の水田跡も典型的な弥生人の骨が見つかる九州北部から集中的に出土しています。その時代も当初は紀元前500年前ぐらいと言われていましたが、現在では紀元前1000年までさかのぼっています。水田農耕の技術は直接的には半島から伝わったことは確実です。ただ、水田農耕には多くの人手が必要で、半島から渡来してきた人々だけで成立することはなく、その場合、すでに国内にいた縄文人と協力しながら営まれたと考えている学者もいます。

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 弥生時代には水田稲作以外に、青銅器や鉄器の使用開始という大きな文化の変革がありました。当初は水田稲作と同時に大陸からもたらされたと考えられていましたが、青銅器や鉄器は、水田稲作よりも数百年後に使用されたようです。青銅器・鉄は一挙に日本に流入したのではなく、朝鮮半島での普及状況にあわせて、時間をかけて日本に入ってきたと思われます。なお、弥生人の遺骨からDNAを解析したところ、かなりのタイプがあって、水田稲作をもたらした渡来人と青銅器・鉄器をもたらした渡来人は、違うグループであった可能性もあります。

いずれにしても紀元前1世紀から0年にかけて朝鮮半島経由できれまなく渡来人がやってきて、技術をもった渡来人比率が日本の中で髙くなり、次第に縄文人の勢力を低下させ、弥生人主体の日本をつくりあげていったのでしょう。

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 私は後から日本にはいりこんだ弥生人が高度な技術でときには武力で縄文人を追いやり縄文人を日本からしめだしていったと思っていたのですが、意外にも彼らが闘争した形跡は今のところみられず(弥生人同士の争いの跡はのこっている),結構長い間、彼らは共存しながら生き、時間をかけて縄文人比率が下がっていったということでした。

ただ、農耕というのは貧富を拡大させ大切な土地を守るための争いもおきるので、そんな中で技術力におちる縄文人が生き苦しくなって、次第に辺地にのみ住むことになり姿を消していったことは、容易に想像できます。

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次回はそうした縄文人が日本から脱出して西南の海へと拡散していった可能性について述べたいと思います。

 

 

№215📕縄文人のルーツについて

お元気ですか。少年シニアです。まわりを見渡すとどうもこの人のルーツは縄文人系だなとか、この人は弥生人系だなとか思うことがあります。ちなみにわたしはどうみても弥生人系でかみさんも弥生人系です。日本が縦横に長い島国ですから様々なルートで大陸から人類がはいってきて、そこで交わって現在に到っているのですが、縄文人から弥生人への移行など知っているようでしらないことが多いので、ここいったん整理したくて下記の本を読みました。

 

 

ここまでわかってきた 日本人の起源

ここまでわかってきた 日本人の起源

 

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 日本列島に現生人類がはいりこんできたのは約3万5千年前~4万年前といわれています。東京の武蔵野台地の遺跡群から礫石器が出土しています。この時代は全球的に寒冷期で、現在より海面がずっと低くて人類の移動も可能な時期でした。ちなみに武蔵野台地遺跡群から出てきた礫石器は、現在のインドネシア半島から東南アジアにかけた島々が亜大陸となって、そこからやってきた集団が日本に持ち込んだと言われています。

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 さらに1万4千年前から1万8千年前には、ナイフ形の石器が朝鮮半島経由 あるいは樺太経由ではいりこみ日本人の文化の骨格がつくられます。そして、その後、いよいよ約1万2千年前に縄文人が登場するのですが、この縄文人旧石器時代の列島人の子孫だったのか、他の大陸からはいってきた集団なのかはよくわかっていません。縄文人は採集や狩猟 そして海にくりだしては魚をとる狩猟民族でした。男子の平準身長は、154㌢ 女子は144㌢とかなり小さい、二重瞼で、体毛が多く、ほりの深い顔立ちをしていました。縄文式土器は、採集生活の中でくるみをいれるためにつくられたそうですがあの岡本太郎が絶賛した縄文式土器のワイルドさは狩猟生活なくしては生まれなかったでしょう。

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 縄文人の渡来ルートのひとつとして有力視されているのが、シベリア半島から南下し樺太経由で、アイヌ人のDNAを解析したところ9割近くが縄文人の血をひいていることがわかっています。縄文人の特長であるほりが深く毛深い体をみても、それはよく理解できます。この北ルートで渡来してきた縄文人は、北海道に留まらず、本州にも進出したことがわかっています。当時から北海道と本州は海によって遮られていましたが、縄文人は、簡単な船をつくるだけの技術はもっていたとされています。そして数千年かけて九州にまでたどりつき、朝鮮半島を経由して渡来してきた弥生人と交わり、今の日本人の基盤をつくっていったというのが現在の定説のようです。

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 ただ、様々な調査によれば、九州縄文人は、他の区域の縄文人とはいくらか異なる特徴があるようで、それは北ルートではなく、東南アジアの島々から台湾、琉球を経由してきた縄文人なのではないかと考える学者もいるようです。その根拠は「歯」の大きさで朝鮮からの渡来人や現在の日本人が比較的歯が大きいのに対し、縄文人アイヌ人は歯が小さく東南アジア系の人々に似ているところから南方渡来説が浮上したようです。

次回は弥生人の渡来と縄文人のルーツについて述べます。

 

 

 

№214📕自滅する人類2

お元気ですか。少年シニアです。生きたものは必ずいつか絶滅する。それはある意味掟です。ただ現生人類は知能が高いので座して絶滅するということはしない。おそらく他の動物よりも、何としてでも生き延びようとするでしょう。前回も記したように地球の寿命は明らかにされていて約50億年後、おそらくその何十億年前に生命がすめないほど環境が悪化するので、生命が生きれるのは10憶年もないのかもしれません。そこでいま、現生人類は、地球が住めなくなった場合を想定して火星移住計画なるものを真剣に進めています。なんという生への執念でしょうか。

 

自滅する人類-分子生物学者が警告する100年後の地球- (B&Tブックス)

自滅する人類-分子生物学者が警告する100年後の地球- (B&Tブックス)

 

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 現生人類登場は、他の動物にとっては想定外の難事だったでしょう。捕食者として捕らわれるだけでなく、住んでいた環境自体を奪われたのですから。特に後者は致命的でした。今まで他の動物との闘いはあったにせよ、自分たちが寝泊まりするのに快適なテリトリー自体を奪われたのですから。そこを追い出されたり汚されたりすれば、それはもう死を意味します。ですから現生人類ほど、他の生命を絶滅に追い遣った存在はいないという事実は免れることはできません。その自覚が必要です。

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 まさに現生人類ファーストを推し進めた結果、現生人類の人口は爆発的に増加しました。それも農耕家畜 鉄器の使用 医療技術の進歩によって、この数千年でその増加の勢いはすさまじくついにその限界点を越えてしまったように思われます。しかし、これは現生人類は知能によって解決しなければなりません。自分のまいた種は自分で刈り取らなければならないのです。

人類も生物ですから、いつか地球の気候変動や恐竜のように突発的な異変によって絶滅するのは間違いがありませんが、その前に人口の異常な増大によって、絶滅前に自滅する事態におちいっていくというのは皮肉というしかありません。

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 著者は、今後の人類の自滅を防ぐために以下のようなことを提唱しています。

1.地球の人口増加を政治課題としつつ、一方で今より多少人口が増えても地球が許容できる状態を維持する。先進技術の開発により環境汚染の進行をなるべく遅らせる。

2.人類を支える素材を地球環境的に循環不能な鉄や金属から循環可能なバイオ素材に切り替える、

3.エネルギーを石油や石炭の依存から脱して循環可能なエネルギー源に代える。有望なのはグルコースなどのバイオ系素材である。

4.新しいエネルギー源を用いたエンジンを開発する。

5.農業生産を立体的に展開し、耕地面積を減らす。

6 森林面積を増やす

7 老人の介護を扶養にするため自立できるロボットの開発を進める。

8 大気中の二酸化炭素を吸収する工学システムを開発する

9 メタンハイトレード採掘による深海系の破壊は絶対やってはいけない。メタンハイ 

  トレードの気化を引き起こし、必ず海底温度の恒常性を崩壊させる。2億5千万年

  前の大絶滅の再来になる可能性がある。

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 そしてこうした問題は全世界の政治課題として進めなければばらないと著者は強調します。世界人口を減らす目標値を定め、人類が住む範囲を狭める、そして人類がいない原始環境のスペースを広げて生態系の崩壊をもとに戻す努力をするというのが著者からの提言であり、私もこれに同感するものです。

今、トランプの出現によりこの流れに逆行した「今さえよければいい」「自分さえよければいい」の方向に逆戻りしてしまっています。しかし、私は現生人類のエゴが、上記の施策をすすめなければ自分たちが自滅するということを本当に理解しそこまで追い込まれたときに、それを受け入れることを信じます。ただ、それに気づく時期が遅ければもう時すでに遅しというこちになりますから、時間はそんなにないのです。

№213 📕自滅する人類(その1)

お元気ですか。少年シニアです。普段自分が何気に感じていたことを専門家がずばり言ってくれると嬉しいものですよね。そんな本に出会いました。それが、下記にあげた「自滅する人類 分子生物学者が警告する100年後の地球」です。

 

自滅する人類-分子生物学者が警告する100年後の地球- (B&Tブックス)

自滅する人類-分子生物学者が警告する100年後の地球- (B&Tブックス)

 

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 私がずっと自分なりに生命の勉強をして思っていたのは現生人類なるものは、動物の一員ではあるが、他の動物と同じなのだろうか。違うのだろうかということでした。例えば他の動物はみな生きること、そして子孫を残すことに死力を尽くすけれど、現生人類は自ら命を絶つ者もいれば、あえて子孫を残さない者もいる。また他の動物は自らの生の維持のために自然を利用はしても自然自体を変えようとしないが、現生人類は自然を生きるためにためらいなく変えてしまう。(森林を伐採して畑や牧草地やゴルフ場にするなど)

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 でも生命のしくみ自体はDNAでできていて、その配列の違いによって個体としては違っていて寿命があることは同じです。そして生をつなぐためには、他のものから生命を奪い、光からエネルギーを獲得しなければ生きていくことはできない。こんな共通点も同時にあるのです。その点にずっと戸惑いを感じていました。だからこれから現生人類は、地球のために、また我々自身のために人類の特殊性をさらに生かす方がいいのか、動物の原点に戻って子孫を残すことにもっと精力をかたむけ、あえて技術の進歩に走らず、動物のように自然体で生きる方がいいのか。自分はよくわかりませんでした。

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 ただ、最近は現生人類は、生き物としてはかなり特殊な存在であり、この現生人類の誕生は、地球の歴史の中でも生命自体の誕生に次ぐ大事件であるという思いにいたりました。つまり通常生きものは食物連鎖という大きなしばりの中で生きているのですが、現生人類は、その世界を飛び越えて、困ったら自然に任せず家畜化するなりバイオテクノロジーで植物をつくり出したりして自然に逆らってでも自分たちの欲望を満たそうとする。そういう性をもった存在であり、これを変えることはできないと思うようになりました。だから行き着くところまで行き着くしかないのだと思っていたのです。

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 何かというと「地球にやさしく」とか言ってはいるが、それはあくまでも現生人類が困るからであって、人類が増えれば増えるほど地球の自然を崩壊させエネルギーを消費し地球に負荷をかけている。だから人類が少ない、もしくはいない方が自然にとっては昔の美しい地球に戻れるのかもしれない。そう思っていたら、本書の著者が、これから現生人類が生き延びるためには、「農耕の発明と鉄器の使用と医療の進歩」によって増えすぎた人口をいかに減らしていくか(著者の言い分によると、このままだと現在70億人いる人口は早晩100億人となり、そうなると食糧やエネルギーの不足がおき世界は大混乱に陥る。できれば100年前の20億人くらいになるのがベストだそうです)が、これからの最大の課題であると指摘しています。

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 これは大変なことです。、少子化になり人口が激変すれば、マーケットの拡大を前提とした経済社会は大混乱に陥り失業者があふれ大きな社会問題が生じます。しかし、それでも腹を据えて、少しでも人口を減らさないと現生人類は絶滅すると著者は主張します。ただ、人口の増大が食糧不足やエネルギー不足を起こすなら徹底的に無駄を排除する、食べる量を減らしエネルギーを使用しない、また地球資源に依存しない代替エネルギーを開発する、また出産を制限したり、意味のない延命治療はしない、などをすればいいのではないかと私などは思ったりもしますが、基本的に人口の増加に何らかの歯止めは必要だという意見にはまたく同感です。

そして現生人類の力が強くなりすぎて、また科学技術が発達しすぎて、余計に自分たちの絶滅時期を早めているのはまちがいないとは思うのです。

この話、相当深いので、次回またあらためて取り上げてみたいと思います。